障がい者人権研修会 津久井やまゆり園殺傷事件の映画を見よう 報告

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    7/25に行田市障がい者ネットワークの人権研修会で 津久井やまゆり園殺傷事件の映画「生きるのに理由はいるの?」を見ました。

    映画製作後に植松死刑囚の裁判が始まったので、映画に30分の裁判記録を付属させた延長バージョンを見ました。

    元々は津久井やまゆり園の職員だった植松死刑囚が重度障害者を「心失者」と呼び、抹殺しようと考え実行に至った映画です。

    どうしてそんなことになったのか?謎を解きたい気持ちです。

    いくつかの問題はありました。

    精神障害者の措置入院における医師の判断のこと

    警察と市町村の犯行予告に対する対応のこと

    殺された、けがを負った障害者の匿名のこと

    巨大な入所施設の存在のこと

    津久井やまゆり園での障害者の生活のありようについて

    職員のやる気のない姿勢について、、、

     

    誰かが何かの理由をつけて、人の命を奪う行為はあってはならない、ものだと思います。

    とすると、植松死刑囚の頭の中をのぞこうとするのは無理があります。

     

    19名の障害者が殺害されました。26名が重症です。

    この事件は、障害者自身や障害者支援制度、支援そのものに対する社会の「無関心」がきっかけのように思えます。

    障害者支援を広く知ってもらうこと。とても大事だと思います。

     


    障がい者人権研修会 津久井やまゆり園殺傷事件の映画を見よう

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      来る7/25(土)の午後、行田市障害者ネットワーク主催の人権研修会が開催されます。

      今回の研修会は、4年前の7/26に起こった障害者入所施設での殺傷事件をドキュメンタリーとして映画化した「生きるのに理由はいるか?」を上映して学ぶこととしました。

      映画観覧後、映画を製作した澤監督に来場いただいて意見交換を企画していましたが、残念ながら新型コロナ感染防止の観点からNGとなりました。代わりに、事前質問に答えた映像をみんなで見る事としました。

      本来ならば、100人入る会場なので多くの皆様に来ていただいて、一緒に事件を振り返り、人権ということについて考えるチャンスがあればよいと思ったのですが、コロナ禍であることで皆さんを集めることは中止しました。

      ネットワークの会員だけで映画を見る事となりますが、感想は改めて掲載します。


      ポテチの袋が要らないの?

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        ネットサーフィンで見つけたネタが面白いので、思考を変えて皆さんにご案内します。

         

        ポテチ袋

        コンビニのレジにて、ポテチを買うお客さん

         

        お客さん:袋いらないです。

        スタッフ:あっ、わかりました。(えって顔をする)

        スタッフ:ポテチを袋から出そうと袋を開ける。

        お客さん:あっ、その袋は要ります。

        ポテチ

        袋違いなのでしょうか。レジで袋と言ったら「レジ袋」のことだろ!

        言葉通り=字義通り、KY(空気が読めない)のはASD(自閉症スペクトラム障害)の傾向がありますが、正しいのは袋を開けたスタッフですが、一言足りないですよね。

         

        スタッフ:ここで袋からポテチを出してもいいですか?(笑)  これが正解です。

         

        さて、私の知っている子どもが「セブンイレブンに行く!」といって言うことを聞かない。

        何が欲しいのか、何を買わされるのか、困るので連れていかない。

        どんどん欲求が強くなる。

        仕方がない、セブンイレブンに連れて行ってあげよう!

        子ども:(自動ドアが開くのが楽しい)こんにちは!(自動ドアが閉まるのが楽しい)

         

        ドアが開いたら「こんにちは」これがやりたかった!

         

        どうしても、私たちはセブンイレブンに挨拶に行きたいとは思わない。

        なにか勘ぐってしまう。

        袋が要らないというお客の要望に応えてあげたい、だから袋からポテチを出してあげる。

         

        私たちって、心がくすんでいるような気がしませんか?


        スマホでなんでもする世代

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          埼玉県福祉人材センターによる連続セミナーで「施設長の学校」というのがあります。

          「施設長」に必要な能力、スキルを勉強するというものです。

          人材センター主催なので、職員に関することが多いです。

          渡辺は意外に勉強好き!

           

          今回のテーマは新卒採用です。

          1.大学の先生が学生の動向を説明

          2.リクルートの社員さんが、採用時期やインターンシップの活用を説明

          3.ネット関連専門学校の先生がSNSの活用を説明

           

          1.学生が実習に行ったら、PL、CF、B/Sをちょこっと教えてあげてください。

          2.新卒採用者の説明会やインターンシップの時期など3年生中心で、5月には内定だそうです。

          3.学生はスマホだけで生活しています。なので、スマホだけで応募できるようになっていないといけません。

          わかりやすいセミナーでした。


          支援2割、理解8割!障害者支援は当事者理解が重要

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            昨日2/16、さいたま新都心にある発達障害支援センターにて、発達障害当事者からの視点での支援についての講習会が開催されました。

            講師が東京大学の熊谷准教授だったので、聞きに行こうと、私含めて3人の職員で講演を聞きに行きました。

            220名の満員御礼で講演がスタート。

            さすが熊谷先生、話が上手です。

            2時間30分の講演があっという間でした。

            いくつか勉強になったこと

            1つ目は、支援2割、理解8割、、、支援を急ぐあまり、当事者を理解していないことが多い。

            きちんと当事者を理解できれば、おのずと支援方法が見えてくる。

            2つ目は、医学モデルと社会モデル

            健翔会は常々「障害」は漢字と言い続けていますが、熊谷先生が新たに講演で話していたのは、医学モデルの場合「障がい」、社会モデルの場合「障害」と言うというもの。

            なるほど、障害がどこにあるのかで使い分けるのは初めて聞きました。

            これから使い分けたいと思います。

             

            さて、なぜ熊谷先生を知っているのかというと、昨年9月の行田市障がい者ネットワーク講師としてのお招きしたことがあったからです。


            何か足りないね。頑張って、、、注意して、、、

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              最近「頑張ってね」にどうしても反応しちゃいます。

              何をどう頑張ってというのだろう?

              今無い何を求めているのだろう?

              そんなことが気になります。

               

              そこで、「頑張る」という言葉を極力言わないで表現するとよいと思いました。

              例えば、「明日の試験がんばってね」

              これを言い換えると

              「明日の試験、今まで覚えたこと、学んだことを発揮してきてね」

              「明日の試験は緊張しないようにね」

              「明日の試験で合格する点数を取ろう、7割くらいできるといいね」

              意外に難しいです。

              単に応援している言葉なので、

              「明日の試験、今まで勉強した成果が発揮できるよう、応援しているね」

              こんな感じでしょうか。

              短い日本語にたくさんの意味が込められていることがわかります。

               

              も一つは「注意してね」です。

              何に注意を払えばいいのかな?

              何が危ないのかな?

              これを言い換えるとどうなるのかな?

               

              是非皆さんも言い換えてみてください。

              あなたの大切に思っている相手の方に、あなたの気持ちが伝わるといいですね!!


              障害者への「頑張って!」はどんな意味かな

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                NHKバリバラで「障害者への一言」というインタビューで、ほとんどの人が「頑張ってください」と答えていたのを、今日のイベントでMCが「今年の頑張ったこと」を聞いていたので思い出しました。

                バリバラでは障害者が次のように回答。

                「なぜ、障害者は頑張らなくてはいけないのか?」

                「障害者も頑張らない人がいてもいい」

                「健常者も頑張ればいいのに!」

                 

                そして、先般、柳家花緑さんの講演を聞いたときに、柳家花緑さんは次のように話していました。

                 

                永遠に「頑張ろう」はついてくる怖い言葉。

                オリンピックで3位なら、1位になるように頑張ろう。

                1位になると、来年も1位になるように頑張ろう。

                「頑張ろう」は今はないものを求めている言葉。なので、「頑張ろう」はずっとついてきます。

                 

                 

                頑張るの反対の言葉として考えてしまうのは、頑張らない=だらけた人、怠慢な人、怠惰な人、、、、

                 

                でも、頑張ろうは「ないものを求める」言葉なので、反対の意味は「あるものを認める」ことなのです。

                障害者に「頑張ろう」と声をかけるのは、健常者と同じくなるように、障害者が持っていないものを持つように「がんばれ」という意味です。

                なので、私たち支援者は彼ら彼女らに対し「頑張れ」ではなくて、「ありがとう」と感謝を伝えるべきです。

                一緒に居てくれて、一緒の時間を過ごしてくれて「ありがとう」です。

                 

                来年、利用者さんに質問するときは「頑張ったこと」ではなく、「思い出のイベント」「楽しかったこと」を聞いてください。


                バリアの話

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                  先日9/27に大地で開催した職員研修で私が話したバリアの話を書きます。

                  バリアは意図しているものと、意図していないものがあります。

                  意図しているバリアは、バリアを作っている側が認識しているものです。

                  なので、バリアを取り除くことも、強めることも可能です。

                   

                  意図していないバリアが問題です。

                  単純な話、車いすの人に対するドアは大きなバリアです。

                  ドアとは名ばかりで、壁と同じです。ドアでは車いすが往来できません。

                  気が付いてくれれば、直すこともできます。

                  気が付いてくれないと、バリアのままです。

                  なので、意図していないバリアを取り除くことがとても大変です。

                   

                  では、なぜバリアがあるのでしょう。

                  構造的なバリアは障害者を知らないことが理由です。

                   

                  精神的なバリアは、排除することを目的に作られています。

                  なぜ排除するのか。

                  それは自分たちと同じ思いであるため、思想を統一させるため、仲間を守るためなどがあります。

                   

                  職員は、人は意図しないバリアを持っていることを知っていなくてはいけません。

                  私たち誰にでもバリアがあります。その存在を知っていることが重要です。

                   

                  こんな研修です。

                   

                  みなさん参考になりましたか?


                  障がい者人権研修会 ダルクの話

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                    9/14に開催された行田市障がい者ネットワークでの研修の一コマ

                    熊谷准教授の話

                    ダルク(元薬物依存者の社会復帰施設)での支援を行っていたとのこと

                    そもそもなぜ薬物に手を出したのか

                    人はみな身近にいる人に依存することで心の安定が保てる、誰かに何かを依存しなくては平常を保てないのです。

                    人は生活をしながら少しずつ依存しあう関係にあり、これが社会を形成しています。

                    身近に依存する人がいない場合、次の3つのいずれかに依存します。

                    1.能力 見た目の美しさ、力強さ、賢さなどです。整形依存といいますが、これは能力への依存の典型です。

                    2.物質 アルコール、パチンコ、違法薬物などです。主婦のドリンカーは家族とのコミュニケーション不足が原因と言われています。

                    3.カリスマ 宗教的要素もあるが教祖、アイドルなども含まれます。

                    依存するものがないので、アルコールに依存して依存症になります。

                    病的な依存症は、実は依存先がないことを意味しています。

                    ダルクでは、違法薬物をやめることが前提ですが、薬物依存は依存する薬物を取り払っても、身近に依存する人がいないと別の依存物を探すだけです。

                    ダルクでの対応は、依存できる人を見つけることです。

                    そうしないと、違法薬物からの依存は断ち切れません。

                    私たちはたくさんの依存先を探さなくてはいけません。

                    愛情という名の母子の相互依存は虐待の温床です。

                    子どもは母親以外の依存先を見つけることは難しいと思います。

                    障害者も難しいかもしれませんが、たくさんの依存先を見つけましょう。

                    とのことです。


                    障がい者人権研修会 出生前診断

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                      昨日の人権研修会で登壇された熊谷准教授からお聞きした出生前診断について忘れないうちに投稿します。

                       

                      新型出生前診断は昔は頭ごなしに殺していました。

                      今は、優しい顔つきで、本人の意思を優先する優しさをもって殺しています。

                      (研修会でも報告しましたが90%以上が堕胎しています)

                      それは、殺すという選択肢しかないことに気が付かないからです。

                      あるファストフードの椅子の話をします。

                      あるファストフードの椅子は堅いです、堅いことを感じないくらいの堅さですが、長居をしたくなるような椅子ではありません。

                      堅いほうが回転率が良いことがわかっているからです。

                      席を立って帰る人に聞くと用事があるので、食べ終わったし帰ろうとした。と答えます。

                      椅子の堅さの話は聞こえません。

                      でも実は椅子の堅さで、滞在時間を操作されているのです。

                      でも、まるで本人の意思で席を立ったかのようなあまり感じられない存在なのです。

                      でも、確実に成果が出ます。

                       

                      この椅子の堅さは、障害を持った子どもの子育てや障害者に対する支援、噂などなどです。

                      堅くてまともに座れなくて直ぐに席を立ちたくなるのは「障害のある子どもを産んだ母親、家族が最後まで面倒を見ろ」です。

                      行政も全く支援してくれない状態。極論ですが、椅子の存在そのものがないとも言えます。

                       

                      私たちのできることは椅子を柔らかくすることです。

                      長居のできる、ずっと座っていたくなるような椅子を作ることです。

                      椅子を堅くすることで、「出生前診断の結果、殺すを選ぶのは本人の意思ではなく操作されている」ことを知る必要があります。

                      熊谷先生ありがとうございました。

                       


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